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暑くて熱い、8月の「ことでんレトロ」(7)仏生山駅ホームで「レトロ」鑑賞!? [ことでん旧型たち [高松琴平電鉄]]

ということで、いきなり“出撃”を決めた関係で、ちょっと中断を挟んだ、この話題。
この間、<鉄>として...、いや<変態鉄>としてショックだったのが...

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【2014年11月16日9時29分】 富山地鉄本線・中加積駅

富山地鉄“20形電車”の引退イベントの件、応募が「往復ハガキに限る」という点も
「ちてつ」らしくて良いのだが、それ以前に、その日程が...
<変態鉄>の仕事のスケジュールを調べたのではないか...と思ってしまうくらい、
ピンポイントで仕事が入っている日曜日に“ぶつける”形になって。

密かにこのブログを見ている富山地鉄関係者っ!! (← いるわけねぇだろ!!)

<変態鉄>の「ちてつ愛」は決して冷めてはいない。でも、仕事の日程が...
“第2弾”こそは、<変態鉄>の仕事のスケジュールを考慮して欲しい!! 

と、そう声を大にして言いたいのである。

ちなみに、こちらは“参戦”がほぼ決定している。

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【2018年10月14日12時54分】 水島臨海鉄道・倉敷貨物ターミナル

そう、早くもイベント内容の告知が始まった水島臨海鉄道「鉄道の日」イベント。
現役を引退しても大事にされていて、いまもエンジンがかかるというキハ205号車。
こちらに会いに水島臨海鉄道倉敷貨物ターミナルを訪れる予定。

お願いだから、地鉄のイベントはこの日にだけはぶつけないで欲しい...と、
そう願っている<変態鉄>なのである。

今年は「なくなる車輌を撮る」、いわゆる<葬式鉄>ばかりの<変態鉄>。
2020年度の引退が発表されている、「ことでんレトロ」を撮りに行った話題。
その続き。それにしても、思い出しただけでイヤになるほど暑い日だった。

……  ……

2019年8月11日(日)晴れ

レトロの運用は10:20発の回送列車からスタートする。その2時間前に仏生山に来て。

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【2019年8月11日8時33分】 高松琴平電鉄琴平線・仏生山駅付近

まずは駅ヨコの“レトロ展示スペース”で休んでいる3000形300号車と、その床下で
暮らすネコたちの姿を。

そして、再び仏生山駅ホームへ。まだ早いとあってか、レトロの周りに集まる
<鉄>も疎らで。ちょうどレトロ電車の車内では、関係者だろうか「塩江温泉鉄道」の
展示会のようなイベントが行われるらしく。車内ではその広告の掲出作業が。

ちなみに、塩江温泉鉄道、後の琴平電鉄塩江線は1928年(昭和3年)開業で戦時中に
レールを供出して廃止となっている。“超短命”の路線である。
ガソリン動車による非電化区間で、1,435 mm軌間の非電化路線というのは
後にも先にも、日本で唯一の存在だった。全長16 kmの路線である。
(前述の“レトロ展示スペース”あたりが塩江線の仏生山駅跡かと思われる)

さて...

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【2019年8月11日8時38分】 高松琴平電鉄琴平線・仏生山駅

ようやく掲出作業が済んだようで。
冷房のないレトロ電車、窓は全開でも停まっていると車内は暑いはずで。
そのスタッフ達が降りたら...

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【2019年8月11日8時39分】 高松琴平電鉄琴平線・仏生山駅(120号車)

開いている窓からカメラを突っ込んで、車内撮影である。
高松築港側先頭の120号車の運転台には、すでにブレーキハンドルも挿されており。

それにしてもシンプルな運転台。ATSなど後天的に改造で取り付けられた機器も
目立つが、でも、運転台の雰囲気は90年以上、そう大きくは変わっていないと
思われる。速度計は当初からあったのだろうか、最初は本当にシンプルな運転台
だったかと思われる。

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【2019年8月11日8時39分】 高松琴平電鉄琴平線・仏生山駅(120号車)

回送で高松築港に到着したら、すぐに琴電琴平ゆきとして折り返す。
もちろん、そのときの「琴平」の方向板も用意されており。

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【2019年8月11日8時40分】 高松琴平電鉄琴平線・仏生山駅

「レトロ」が今夏から急遽、3両編成化された関係で今回は編成中間に封じ込めの
5000形500号車。(わずかな差だが)レトロ電車4両の中では一番、若い車輌。
でも、廃車は2番目で2020年10月に引退する予定になっており。

現在のレトロ電車は屋根上のパンタグラフが琴平側にあるのだが、この500号車だけ
高松築港側に付いていて。<撮り鉄>としては、架線柱とパンタが交錯する
いわゆる“串パン”を避ける上で、この500号車の連結位置というのは欠かせない
情報なのである。(もちろん、事前発表でチェック済みだが...)

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【2019年8月11日8時41分】 高松琴平電鉄琴平線・仏生山駅(500号車)

その500号車の車内は、琴平電鉄からの生え抜き組3両で共通点の多い感じで。
運転台が狭いのも他車と共通。この狭さだと長時間座って運転する運転士さんも
大変そうだが...。運転室と客室の仕切り壁が無く、ポールだけで区切られているのは
この時代の電車では珍しくないこと。

ちなみに、貫通扉が開いていて隣の23号車の姿を見ることができるが、営業運転では
旅客がこの通路を通って車内を移動するのは認められていない。

そして、500号車客室部。

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【2019年8月11日8時50分】 高松琴平電鉄琴平線・仏生山駅(500号車)

車内は相当、手が加えられているように思われる。
床も当初は板張りだったのだろうか、窓は1段下降窓、これはこの時代の車輌の特徴。
手前に見えるのは鎧戸だろうか!? ロールカーテンではない。
天井の蛍光灯も当初は白熱電灯だったはずだし、扇風機も後天的取り付けだろうか。
(戦前、国鉄でも扇風機は「特別急行用」客車だけの装備だったはず)

そして網棚も金網タイプのものに交換されている。
とはいえ、その荷物棚を支える部分、その金具など、さりげなく意匠が。
地方私鉄には思えない位、立派な、その車輌、施設...
「讃岐の阪急」と呼ばれた、そんなことをさりげなく感じさせてくれるのである。

そして23号車。一番最初に、2020年5月の大型連休が「お別れ運転」になるそうで。

いまの「レトロ」4両の中では唯一、琴平電鉄生え抜きではない車輌。
確か最後は志度線の予備車だったはずだが、何と言っても車内がニス塗りのまま
残っていたことが評価されて、動態保存対象に選ばれたのだとか...

つい先日、検査出場したばかりで美しい外観を保っており、最後まで活躍するかと
思っていたが、地元のファン曰く、度重なる改造で台車と車体の相性が良くなく、
保守に手を焼いているのだとか...(ホントか!?)

この電車、大阪鉄道(現・近鉄南大阪線)に大正末期に導入された車輌で、
1961年(昭和36年)に琴電へと譲渡されている。

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【2019年8月11日8時50分】 高松琴平電鉄琴平線・仏生山駅(23号車)

琴電では、昔も今も、電車の増解結運用が少なからず存在しており、その作業性の
観点から導入される電車は乗務員が作業で隣の車輌へと移動しやすくするため、
原型が非貫通構造でも、ほぼ全てが改造されて正面貫通仕様になっている。
京急600形 → 1070形もこのパターン。

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【2010年6月25日14時57分】 岐阜県岐阜市・金公園

そして、この23号車は、実はこちらと“同級生”。
だから当時流行の“正面5枚窓”の丸みを帯びたデザインだったらしい。

いまでは側窓も四角いフツーの窓だが、もともとは上側に弓形というかRの付いた
飾り窓が付いていて...

そんなモダンな姿は失われているが、吊革を支える手摺り、その支持具にちょっと
だけ雰囲気が残っている。

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【2019年8月11日8時51分】 高松琴平電鉄琴平線・仏生山駅

回送として発車を待っているレトロ電車。徐々に<鉄>が集まってきて。
「ドア、閉まりま~す」、乗り込んだ車掌さんが車内放送マイクをとって。

<変態鉄>たちによる“勝手にレトロ見学会”は終了となったのである。
さぁ、徐々にレトロ電車の回送時刻が近づきつつある。
午前中の琴平線、仏生山以北の区間ではほぼ全区間で逆光、というか後追いが順光。

ということで後追いで撮影することを前提に考えていた撮影地候補は3つほど。
住宅密集地内での撮影だけに、1箇所あたりの撮影可能人数は限られており。
暑い中、待っているのも辛いが、でも、早く行かないと。(つづく)

(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。

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