北陸のディープ<鉄>を巡る旅(15)駅舎の中の展示室 [福井鉄道福武線200形]
体調不良もあって、ちょっと無性にイライラしている自分。
やらなければいけないことは、いろいろとあるのだが、全然ヤル気がしなくて。
東京は、まだまだ暑い日が続いているものの、何か少しずつ涼しさというか、
この猛暑の“終点”が近づいてきたような気もする訳で。
そうなると<撮り鉄>のシーズン到来!! なのだが...
【2018年8月25日8時56分】 富山地鉄立山線・岩峅寺-横江
“夏ダイヤ”終了までに、富山地鉄立山線の特急電車も“リベンジ”したいし、
いすみ鉄道のキハも気になるところ。行きたくてもなかなか行くことができず。
そんなわけで、もうしばらく8月の旅行記と撮影記を引っ張ることに。
福井鉄道福武線でやって来たのは「北府(きたご)駅」、引退後、留置されている
モハ203号車を撮るのが目的だったが、駅ホームから離れた位置に留置されていて
形式写真を撮ることはできなかった。
そんな北府駅の駅舎の中には...
…… ……
2018年8月12日(日)晴れのち曇り
<変態鉄>というのは、もともと、仕事でも何でも“一貫性”というものとは
ほど遠いタイプである。こういう“出撃”のプランニングだってそう。
あるときは、撮影地情報を細かく調べて、アクセスを調べて、何をどこでどう
撮るのか、詳細な“行程表”をつくって持っていくのだが「どこか沿線で撮る」の
ように極めて曖昧なスケジュールだけで出発することも珍しくない。
このときの予定も、「北府駅周辺でいろいろ撮って13時半までに武生駅へ」という
程度の予定だった。でも、その北府駅に何があるのか...
モハ203号車が留置されていることは知っていたが、それ以外は「行ってみたら
何か撮りたくなるものがあるだろう」という程度の思いだったのである。
そんな北府駅舎...
【2018年8月12日12時00分】 福井鉄道福武線・北府駅
雰囲気は残っているが、内部はリニューアルされており。歴史を感じさせる
木造駅舎ではありながら、例えばトイレはバリアフリー仕様になっていたり。
そんな駅舎、駅務室部分が展示室になっており。ちょっと薄暗い感じで写真は
撮りにくく、また、冷房もないので、ほぼサウナ状態だったが...
【2018年8月12日12時15分】 福井鉄道福武線・北府駅
でも、それを補って余りある展示だったかも。狭いスペースに素朴ながら、
福井鉄道の歴史を学べるスペースだった。
【2018年8月12日12時15分】 福井鉄道福武線・北府駅
展示は写真パネルと実物。タブレットや、かつての各駅舎の表示類など。
設置場所の関係で写真は撮れなかったのだが、タブレット閉塞時代の、いわゆる
“御稲荷さん”の実物など、“大物”も展示されており。
【2018年8月12日12時25分】 福井鉄道福武線・北府駅
中央のスペースにはガラス張りのケースの中に古い乗車券類などが展示され。
写真ではわかりにくいが、昭和の頃の記念乗車券各種と硬券乗車券・入場券各種。
その券面に書かれた駅名には耳慣れないものが少なくないのは、福武線の駅名が
(他線と比較して)意外と変遷が激しいことのほか、昭和の頃の福鉄は、いまの
福武線の他に、「南越線」と「鯖浦線」という2路線もあったことが、その理由。
【2018年8月12日12時31分】 福井鉄道福武線・北府駅
廃止された2路線についても、パネル展示や資料類が展示されており。
北陸鉄道もそうだが、北陸本線には国鉄駅から分岐して里の方へと分け入っていく
私鉄電車が多かった。モータリゼーションなどでその大半は失われてしまったが...
こういう路線の記録を見ていると、自分もローカル輸送の“主役”が鉄道だった
時代を実体験してみたかった...と思わずには居られないのである。
そんな福井鉄道。
【2018年8月12日12時26分】 福井鉄道福武線・北府駅
その歴史は古く、明治時代の終わりに設立された軽便鉄道に遡る。(後の南越線)
1945年(昭和20年)、終戦間近の時期に福井県下の中小私鉄が合併する形で
福井鉄道が発足している。
その長い歴史の中で、<変態鉄>が触れたことがあるのは1990年代以降の部分だけ。
もちろん、その時代のものもたくさん展示されており。
【2018年8月12日12時26分】 福井鉄道福武線・北府駅
琺瑯の駅名看板、それから、かつての140形電車に使われていた前照灯と室内灯。
そして、中央にあるのは「ローレル賞 2014年 鉄道友の会」、これは車内に
掲出されるプレートと同じデザインのヘッドマーク。2014年に受賞したのは
そう、FUKURAMである。
【2018年8月12日12時26分】 福井鉄道福武線・北府駅
自分が撮るようになってからは、すべて方向幕車になっており、方向板使用車は
実見したことがないのだが、でも、懐かしい福武線の方向板である。
「武生新」の駅名も懐かしい(いまの「越前武生」)。
昨日の記事に、Cedarさんからいただいたコメントにもあったように、
「新大阪」とか「新横浜」とか、駅名のアタマに「新」が付くのは珍しくないが
北陸地方ではなぜかバス停も駅も一番後ろに「新」を付けるケースが少なくない。
福鉄電車にも長らく「福井新」「武生新」というのがあったが、どちらも改称で
過去のものになっている。
そして...
【2018年8月12日12時29分】 福井鉄道福武線・北府駅
何と言っても、モハ200形電車の解体で発生した車両部品も展示されており。
コントローラなど“大物”類から...
【2018年8月12日12時27分】 福井鉄道福武線・北府駅
スイッチなどの小物まで。自分が撮って乗ったことのある車両だけに残念だが、
でも、こうして一部だけでも残っていると...
それにしても暑い日だった。
【2018年8月12日12時30分】 福井鉄道福武線・北府駅
木造駅舎の軒先、ホーム上屋の支柱に取り付けられた風鈴が鳴っていたのだった。
そんな懐かしさと新鮮さのある北府駅舎だったのである。(つづく)
(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。
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やらなければいけないことは、いろいろとあるのだが、全然ヤル気がしなくて。
東京は、まだまだ暑い日が続いているものの、何か少しずつ涼しさというか、
この猛暑の“終点”が近づいてきたような気もする訳で。
そうなると<撮り鉄>のシーズン到来!! なのだが...
【2018年8月25日8時56分】 富山地鉄立山線・岩峅寺-横江
“夏ダイヤ”終了までに、富山地鉄立山線の特急電車も“リベンジ”したいし、
いすみ鉄道のキハも気になるところ。行きたくてもなかなか行くことができず。
そんなわけで、もうしばらく8月の旅行記と撮影記を引っ張ることに。
福井鉄道福武線でやって来たのは「北府(きたご)駅」、引退後、留置されている
モハ203号車を撮るのが目的だったが、駅ホームから離れた位置に留置されていて
形式写真を撮ることはできなかった。
そんな北府駅の駅舎の中には...
…… ……
2018年8月12日(日)晴れのち曇り
<変態鉄>というのは、もともと、仕事でも何でも“一貫性”というものとは
ほど遠いタイプである。こういう“出撃”のプランニングだってそう。
あるときは、撮影地情報を細かく調べて、アクセスを調べて、何をどこでどう
撮るのか、詳細な“行程表”をつくって持っていくのだが「どこか沿線で撮る」の
ように極めて曖昧なスケジュールだけで出発することも珍しくない。
このときの予定も、「北府駅周辺でいろいろ撮って13時半までに武生駅へ」という
程度の予定だった。でも、その北府駅に何があるのか...
モハ203号車が留置されていることは知っていたが、それ以外は「行ってみたら
何か撮りたくなるものがあるだろう」という程度の思いだったのである。
そんな北府駅舎...
【2018年8月12日12時00分】 福井鉄道福武線・北府駅
雰囲気は残っているが、内部はリニューアルされており。歴史を感じさせる
木造駅舎ではありながら、例えばトイレはバリアフリー仕様になっていたり。
そんな駅舎、駅務室部分が展示室になっており。ちょっと薄暗い感じで写真は
撮りにくく、また、冷房もないので、ほぼサウナ状態だったが...
【2018年8月12日12時15分】 福井鉄道福武線・北府駅
でも、それを補って余りある展示だったかも。狭いスペースに素朴ながら、
福井鉄道の歴史を学べるスペースだった。
【2018年8月12日12時15分】 福井鉄道福武線・北府駅
展示は写真パネルと実物。タブレットや、かつての各駅舎の表示類など。
設置場所の関係で写真は撮れなかったのだが、タブレット閉塞時代の、いわゆる
“御稲荷さん”の実物など、“大物”も展示されており。
【2018年8月12日12時25分】 福井鉄道福武線・北府駅
中央のスペースにはガラス張りのケースの中に古い乗車券類などが展示され。
写真ではわかりにくいが、昭和の頃の記念乗車券各種と硬券乗車券・入場券各種。
その券面に書かれた駅名には耳慣れないものが少なくないのは、福武線の駅名が
(他線と比較して)意外と変遷が激しいことのほか、昭和の頃の福鉄は、いまの
福武線の他に、「南越線」と「鯖浦線」という2路線もあったことが、その理由。
【2018年8月12日12時31分】 福井鉄道福武線・北府駅
廃止された2路線についても、パネル展示や資料類が展示されており。
北陸鉄道もそうだが、北陸本線には国鉄駅から分岐して里の方へと分け入っていく
私鉄電車が多かった。モータリゼーションなどでその大半は失われてしまったが...
こういう路線の記録を見ていると、自分もローカル輸送の“主役”が鉄道だった
時代を実体験してみたかった...と思わずには居られないのである。
そんな福井鉄道。
【2018年8月12日12時26分】 福井鉄道福武線・北府駅
その歴史は古く、明治時代の終わりに設立された軽便鉄道に遡る。(後の南越線)
1945年(昭和20年)、終戦間近の時期に福井県下の中小私鉄が合併する形で
福井鉄道が発足している。
その長い歴史の中で、<変態鉄>が触れたことがあるのは1990年代以降の部分だけ。
もちろん、その時代のものもたくさん展示されており。
【2018年8月12日12時26分】 福井鉄道福武線・北府駅
琺瑯の駅名看板、それから、かつての140形電車に使われていた前照灯と室内灯。
そして、中央にあるのは「ローレル賞 2014年 鉄道友の会」、これは車内に
掲出されるプレートと同じデザインのヘッドマーク。2014年に受賞したのは
そう、FUKURAMである。
【2018年8月12日12時26分】 福井鉄道福武線・北府駅
自分が撮るようになってからは、すべて方向幕車になっており、方向板使用車は
実見したことがないのだが、でも、懐かしい福武線の方向板である。
「武生新」の駅名も懐かしい(いまの「越前武生」)。
昨日の記事に、Cedarさんからいただいたコメントにもあったように、
「新大阪」とか「新横浜」とか、駅名のアタマに「新」が付くのは珍しくないが
北陸地方ではなぜかバス停も駅も一番後ろに「新」を付けるケースが少なくない。
福鉄電車にも長らく「福井新」「武生新」というのがあったが、どちらも改称で
過去のものになっている。
そして...
【2018年8月12日12時29分】 福井鉄道福武線・北府駅
何と言っても、モハ200形電車の解体で発生した車両部品も展示されており。
コントローラなど“大物”類から...
【2018年8月12日12時27分】 福井鉄道福武線・北府駅
スイッチなどの小物まで。自分が撮って乗ったことのある車両だけに残念だが、
でも、こうして一部だけでも残っていると...
それにしても暑い日だった。
【2018年8月12日12時30分】 福井鉄道福武線・北府駅
木造駅舎の軒先、ホーム上屋の支柱に取り付けられた風鈴が鳴っていたのだった。
そんな懐かしさと新鮮さのある北府駅舎だったのである。(つづく)
(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。
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