60.「最後の朝」を迎えて [飛越ゴハチを追った日々]
1年半ぶりに、この話題。
<変態鉄>が、もうカメラを触るのを辞めようか...、そう思った時期があった。
それは2011年のこと。<鉄>の中でも、国鉄型ディーゼル動車を中心に
撮っていた<変態鉄>だが、比較的まとまった数が残っていたJR西日本管内も
2010年頃には大半が置き換えられてしまい...
【2011年3月11日20時45分】 高山本線・富山駅
そんな中、“最後の牙城”となったのが、高山本線の富山県内の区間。
公共交通を活かした街づくりを推進する富山市長の方針もあって、
非電化ローカル線の高山本線で、富山-越中八尾間を中心に列車を増発、
臨時駅「婦中鵜坂」駅を設置するなど、高山本線活性化の社会実験が
実施されていた。それに伴い、必要な車両数をまかなうため、
キハ28・58急行型ディーゼル動車2連2本が残され、朝晩の運用に入っていた。
…… ……
2008年春、千里駅近くのカーブで撮って、その魅力に気づいて以来、
「飛越ゴハチ」を追って富山に撮りに行ったことは50回以上。
つまり、1ヶ月に一度くらいの割合。でも、会社員をしていると平日朝の運用を
撮るのはそうラクではなく...
【2011年3月3日10時16分】 高山本線・速星駅
休みが取れたら必ず富山-越中八尾間の沿線にいる...というくらい
何度も何度も通ったのだった。
国内線でも離島路線を除けば、最短路線に近い、ANAの羽田-富山線だけで
マイルを貯めてしまったり...
【2011年3月3日11時44分】 高山本線・婦中鵜坂-西富山(後追い)
それくらい何度も通ったのだが、社会実験は2011年3月11日をもって終了。
翌12日がJRの全国ダイヤ改正、高山本線も以前のようにキハ120形が走るだけの
路線に戻ることになっていた(社会実験以前よりも本数は増えたが...)。
【2009年8月12日17時07分】 大糸線・頸城大野-姫川
前年には、岡山に残った波動用のキハ58系が廃車、大糸線のキハ52形も引退、
播但特急「はまかぜ」で活躍したキハ181系も消え...
2011年を迎えた時点で「撮りたい」と思える列車は“飛越ゴハチ”くらい。
それも、3月11日の20時過ぎに富山駅に到着する列車をもって終了。
もう、その後に「撮りたい列車」など思い浮かばないのだった。
本当に本当に、そう思っていたのだった。だからこそ、焦りにも似た
何とも言えない落ち着かない気持ち、仕事にも集中できない(いつものこと??)
そんな感じだった。
たかが趣味活動のことかも知れないが、自分の中ではそれほどのことだった。
だから、3月1日に富山駅で記念きっぷが発売されると聞けば、
1日は午後から仕事が入っていたのだが...
28日の晩に新宿駅西口を発つ地鉄高速バスを予約。背広姿のまま富山駅には
朝5時半着。そのまま列に並んで、朝、記念きっぷを無事、ゲットしたら、
特急「はくたか」で東京にトンボ返り、そのまま会社に直行した。(→ こちら)
1日、2日と仕事をやっつけたら3日、4日は公休日だった。
もちろん、3日朝は羽田空港に向かったのは言うまでもなく。(→ こちら)
「会心の1枚」とはならなかったが、雪景色の中をゆくキハの姿を撮ることが
できて。
あと1週間、とは言いつつも、会社員にとって...
3月の忙しい時期にそうそう休みが取れるわけもなくて。
10日は絶対に休めない重要な業務が入っていた。でも、11日は公休日。
迷いに迷った。廃止直前の大混乱の中で撮る、いわゆる<葬式鉄>は
好まない<変態鉄>である。でも...
【2014年7月6日16時12分】 富山地鉄バス・富山自動車営業所内
ただ、富山に向かう夜行列車は急行「能登」も特急寝台「北陸」も廃止に
なっており、夜行高速バスに頼る以外になかった。朝一番のヒコーキだと
撮影機会を減らしてしまう...
期待の富山地鉄高速バスの夜行便は人気路線。すでに残席無し。
だが、しかし...
天は<変態鉄>を見捨てなかった。JRバスが運行する名古屋-富山・金沢線。
ネットで空席照会すると「残席1」、10日は仕事を急いで片付けて
東京駅から「のぞみ」で名古屋入りすることにした。
…… ……
2011年3月11日(金)曇り一時雪
朝5時過ぎの富山駅。バスでは、あまり眠れなくて...
【2011年3月11日5時30分】 高山本線・富山駅
まだ、10日の表示のまま替えられてなかった。
新幹線工事が始まって仮設駅舎になっていた富山駅、そのコンコースには
3月になって、この掲示が行われていた。「あと2日」は前日のものである。
【2011年3月11日5時27分】 高山本線・富山駅
でも、6時前に富山運転センターからキハ28・58編成は越中八尾駅へと回送、
越中八尾からの通勤・通学列車に充当され、6時過ぎに富山駅に戻ってくる。
沿線での走行写真は露光がなく撮りにくそうな...
つまり、富山駅で駅撮りである。ホームに下りて撮らなかったのは、
“同業者さん”が多くいて、構図の自由度が低そうだったことと、
この回送の時点では車内灯が消灯されていて、側面が暗く写ること。
それよりも、跨線橋の窓からヘッドマークを入れて撮った方が...。
いったん改札を出て、今度は6時過ぎ、230円区間の乗車券を買って入場。
そう、<変態鉄>が“最後の朝”の撮影地に選んだのは...(つづく)
(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。
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<変態鉄>が、もうカメラを触るのを辞めようか...、そう思った時期があった。
それは2011年のこと。<鉄>の中でも、国鉄型ディーゼル動車を中心に
撮っていた<変態鉄>だが、比較的まとまった数が残っていたJR西日本管内も
2010年頃には大半が置き換えられてしまい...
【2011年3月11日20時45分】 高山本線・富山駅
そんな中、“最後の牙城”となったのが、高山本線の富山県内の区間。
公共交通を活かした街づくりを推進する富山市長の方針もあって、
非電化ローカル線の高山本線で、富山-越中八尾間を中心に列車を増発、
臨時駅「婦中鵜坂」駅を設置するなど、高山本線活性化の社会実験が
実施されていた。それに伴い、必要な車両数をまかなうため、
キハ28・58急行型ディーゼル動車2連2本が残され、朝晩の運用に入っていた。
…… ……
2008年春、千里駅近くのカーブで撮って、その魅力に気づいて以来、
「飛越ゴハチ」を追って富山に撮りに行ったことは50回以上。
つまり、1ヶ月に一度くらいの割合。でも、会社員をしていると平日朝の運用を
撮るのはそうラクではなく...
【2011年3月3日10時16分】 高山本線・速星駅
休みが取れたら必ず富山-越中八尾間の沿線にいる...というくらい
何度も何度も通ったのだった。
国内線でも離島路線を除けば、最短路線に近い、ANAの羽田-富山線だけで
マイルを貯めてしまったり...
【2011年3月3日11時44分】 高山本線・婦中鵜坂-西富山(後追い)
それくらい何度も通ったのだが、社会実験は2011年3月11日をもって終了。
翌12日がJRの全国ダイヤ改正、高山本線も以前のようにキハ120形が走るだけの
路線に戻ることになっていた(社会実験以前よりも本数は増えたが...)。
【2009年8月12日17時07分】 大糸線・頸城大野-姫川
前年には、岡山に残った波動用のキハ58系が廃車、大糸線のキハ52形も引退、
播但特急「はまかぜ」で活躍したキハ181系も消え...
2011年を迎えた時点で「撮りたい」と思える列車は“飛越ゴハチ”くらい。
それも、3月11日の20時過ぎに富山駅に到着する列車をもって終了。
もう、その後に「撮りたい列車」など思い浮かばないのだった。
本当に本当に、そう思っていたのだった。だからこそ、焦りにも似た
何とも言えない落ち着かない気持ち、仕事にも集中できない(いつものこと??)
そんな感じだった。
たかが趣味活動のことかも知れないが、自分の中ではそれほどのことだった。
だから、3月1日に富山駅で記念きっぷが発売されると聞けば、
1日は午後から仕事が入っていたのだが...
28日の晩に新宿駅西口を発つ地鉄高速バスを予約。背広姿のまま富山駅には
朝5時半着。そのまま列に並んで、朝、記念きっぷを無事、ゲットしたら、
特急「はくたか」で東京にトンボ返り、そのまま会社に直行した。(→ こちら)
1日、2日と仕事をやっつけたら3日、4日は公休日だった。
もちろん、3日朝は羽田空港に向かったのは言うまでもなく。(→ こちら)
「会心の1枚」とはならなかったが、雪景色の中をゆくキハの姿を撮ることが
できて。
あと1週間、とは言いつつも、会社員にとって...
3月の忙しい時期にそうそう休みが取れるわけもなくて。
10日は絶対に休めない重要な業務が入っていた。でも、11日は公休日。
迷いに迷った。廃止直前の大混乱の中で撮る、いわゆる<葬式鉄>は
好まない<変態鉄>である。でも...
【2014年7月6日16時12分】 富山地鉄バス・富山自動車営業所内
ただ、富山に向かう夜行列車は急行「能登」も特急寝台「北陸」も廃止に
なっており、夜行高速バスに頼る以外になかった。朝一番のヒコーキだと
撮影機会を減らしてしまう...
期待の富山地鉄高速バスの夜行便は人気路線。すでに残席無し。
だが、しかし...
天は<変態鉄>を見捨てなかった。JRバスが運行する名古屋-富山・金沢線。
ネットで空席照会すると「残席1」、10日は仕事を急いで片付けて
東京駅から「のぞみ」で名古屋入りすることにした。
…… ……
2011年3月11日(金)曇り一時雪
朝5時過ぎの富山駅。バスでは、あまり眠れなくて...
【2011年3月11日5時30分】 高山本線・富山駅
まだ、10日の表示のまま替えられてなかった。
新幹線工事が始まって仮設駅舎になっていた富山駅、そのコンコースには
3月になって、この掲示が行われていた。「あと2日」は前日のものである。
【2011年3月11日5時27分】 高山本線・富山駅
でも、6時前に富山運転センターからキハ28・58編成は越中八尾駅へと回送、
越中八尾からの通勤・通学列車に充当され、6時過ぎに富山駅に戻ってくる。
沿線での走行写真は露光がなく撮りにくそうな...
つまり、富山駅で駅撮りである。ホームに下りて撮らなかったのは、
“同業者さん”が多くいて、構図の自由度が低そうだったことと、
この回送の時点では車内灯が消灯されていて、側面が暗く写ること。
それよりも、跨線橋の窓からヘッドマークを入れて撮った方が...。
いったん改札を出て、今度は6時過ぎ、230円区間の乗車券を買って入場。
そう、<変態鉄>が“最後の朝”の撮影地に選んだのは...(つづく)
(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。
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