2015年8月「吊り掛け駆動」の電車を追って(6)バスの中から廃線跡を。 [スカーレットのトラムたち[名鉄岐阜線]]
今週は休みが(ほぼ)自由にとれるほど、仕事に余裕がある時期なのに...
この天気、EOSくんの準備もできているのに...である。
嗚呼、自宅に籠もって“パソコンの番人”として1日を過ごしているのである。
机の上には模型たちが。でも、事情があって模型関係の作業は一切できない自室。
やはり、「模型ができる部屋」を確保すべく、ここまでの人生の半分を過ごしてきた
三鷹台を離れるべきか、そんなことを考えつつ、グダグダと過ごしたのである。
さて、引き続き、この話題。わずか10日でこんなに涼しくなるとは...
【2015年8月14日9時45分】 岐阜県大野町・黒野駅レールパーク
「くろの」と書かれた行灯式の駅名看板、ホームの木製の上屋の向こうに停まる
モ510形“丸窓電車”、廃止から10年、青空の下、自分の<鉄>としての“原点”に
戻ってくることができて、大満足なのだった。(暑かったけど...)
…… ……
2015年8月14日(金)晴れ
【2015年8月14日9時48分】 岐阜県大野町・黒野駅レールパーク
1年間限定の「黒野駅のモ512」を見ることができた。
そして、かつての駅舎内でパンを食べ終えて「黒野駅レールパーク」をあとに。
黒野八幡町バス停からの岐阜方面は、10:21発「大野・忠節線」の岐阜駅前ゆき。
この6分後には「真正・大縄場線」の同じく岐阜駅前ゆきがやって来る。
往路が「大野・忠節線」だったので、ここでは後者を選択しても良かったが、
ここは往きと同じ「大野・忠節線」にした。
自分は本来“待つ”のがキライな性格。食事だって行列に並んでまで評判のお店で
食べるより、ピーク時でも絶対に空いている店を狙うタイプ。
だから、6分待つのがイヤだった...からではない。
【2015年8月14日9時45分】 岐阜県大野町・黒野駅レールパーク付近
上の写真を撮った地点で後ろを振り返ればコレ。住宅街の中に砂利敷の空き地。
そう、これは廃線跡、一昨日の記事で岐阜市中心部にあった岐阜市内線の痕跡は
ほとんど残っていないことを紹介したが、忠節からの揖斐線の廃線跡は10年たっても
比較的しっかり残っているのを、往きのバスで確認していた。
特に郊外色が濃くなる、かつての北方付近、樽見鉄道と交差するあたりから黒野側は
橋梁や踏切部分は、線路が撤去されて舗装されていたが、橋台・橋脚はしっかりと
残っていたし、先の写真のように、かつての線路のあった部分のバラスト(砕石)も
そのまま、線路柵なども残っているのが確認できた。
岐阜バス「大野・忠節線」はかつての名鉄揖斐線の線路をほぼトレースする経路。
陽射しが眩しい中、カーテンにちょっとだけ隙間をつくってコンデジで廃線跡観察開始。
【2015年8月14日10時33分】 岐阜バス「大野・忠節線」車内(真桑付近)
黒野を出て、ほどなく廃線跡に沿って走る区間に出た。
バス車内からの観察で、最も目立つ遺構とも言えそうなのが、コレ。
北方真桑駅跡だろうか、駅ホームが残っていることがハッキリと確認できる。
【2015年8月14日10時34分】 岐阜バス「大野・忠節線」車内(真桑付近)
窓越しの撮影だから映り込みが激しく、見づらい写真で恐縮だが...
この写真、右隅に白いものが写っている。これは線路端に建てられたキロポスト、
このほか、勾配標識などもそのまま残っていた。
樽見鉄道の踏切付近には「揖斐線通り」の看板も立っており、過ごしやすい時期に
なったら、廃線跡巡りをしてみても面白そう。
岐阜駅に戻ってきたのは11時過ぎ。名古屋のホテルに戻ってゆっくり...でも良いが、
さらに、ここから豊橋ゆきの新快速電車で向かったのは、名古屋を過ぎて岡崎。
【2015年8月14日12時17分】 東海道本線・岡崎駅(後追い)
岐阜 11:23発の新快速電車に乗車。それにしても快速電車の混雑ときたら...、
乗車したサハ313-5008は混雑して、予想通り座ることは無理。
大垣始発の新快速電車だったが、岐阜に到着する時点で車内は通路にもほぼ
びっしりと人が立っているくらいの混雑率。岐阜、尾張一宮と乗車の方が多く、
満員に近い状態で名古屋。幸い、名古屋で座ることができたのだが、それでも
混雑率はあまり変わらず、大府を過ぎて多少落ち着いた感はあったが...
【2015年8月14日12時20分】 東海道本線・岡崎駅付近
さて、岡崎にやってきたのは...
愛知県内とはいえ、岐阜からは遠く離れた町。でも、岡崎駅から南へ20分ほどの
ところにある「岡崎南公園交通広場」に揖斐線電車が保存されているから。
【2015年8月14日12時39分】 愛知県岡崎市・南公園付近
この日とは逆に東海道本線の下り電車で豊橋方面から岡崎駅に到着するとき、
その直前、右手の車窓に観覧車が見える。そこが南公園、観覧車を含む遊園地や
大型プール、大きな池(?)のある広場などがあるかなり大規模な公園である。
【2015年8月14日12時46分】 愛知県岡崎市・南公園交通広場
その一角に「交通広場」。小さな子どもが交通ルールを学べるように、
カートなどの設備がある、多くの町にある交通公園である。
その中に古い電車が置かれている。廃車は1973年(昭和48年)だったので、
<変態鉄>が生まれる5年前。「名鉄唯一の連節車」として珍重されたモ401号車である。
一度、その姿を見てみたいと思っていたのだった。(つづく)
(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。
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<非鉄>ネタで気楽につくるサブブログ「金失いの道すがら」も
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この天気、EOSくんの準備もできているのに...である。
嗚呼、自宅に籠もって“パソコンの番人”として1日を過ごしているのである。
机の上には模型たちが。でも、事情があって模型関係の作業は一切できない自室。
やはり、「模型ができる部屋」を確保すべく、ここまでの人生の半分を過ごしてきた
三鷹台を離れるべきか、そんなことを考えつつ、グダグダと過ごしたのである。
さて、引き続き、この話題。わずか10日でこんなに涼しくなるとは...
【2015年8月14日9時45分】 岐阜県大野町・黒野駅レールパーク
「くろの」と書かれた行灯式の駅名看板、ホームの木製の上屋の向こうに停まる
モ510形“丸窓電車”、廃止から10年、青空の下、自分の<鉄>としての“原点”に
戻ってくることができて、大満足なのだった。(暑かったけど...)
…… ……
2015年8月14日(金)晴れ
【2015年8月14日9時48分】 岐阜県大野町・黒野駅レールパーク
1年間限定の「黒野駅のモ512」を見ることができた。
そして、かつての駅舎内でパンを食べ終えて「黒野駅レールパーク」をあとに。
黒野八幡町バス停からの岐阜方面は、10:21発「大野・忠節線」の岐阜駅前ゆき。
この6分後には「真正・大縄場線」の同じく岐阜駅前ゆきがやって来る。
往路が「大野・忠節線」だったので、ここでは後者を選択しても良かったが、
ここは往きと同じ「大野・忠節線」にした。
自分は本来“待つ”のがキライな性格。食事だって行列に並んでまで評判のお店で
食べるより、ピーク時でも絶対に空いている店を狙うタイプ。
だから、6分待つのがイヤだった...からではない。
【2015年8月14日9時45分】 岐阜県大野町・黒野駅レールパーク付近
上の写真を撮った地点で後ろを振り返ればコレ。住宅街の中に砂利敷の空き地。
そう、これは廃線跡、一昨日の記事で岐阜市中心部にあった岐阜市内線の痕跡は
ほとんど残っていないことを紹介したが、忠節からの揖斐線の廃線跡は10年たっても
比較的しっかり残っているのを、往きのバスで確認していた。
特に郊外色が濃くなる、かつての北方付近、樽見鉄道と交差するあたりから黒野側は
橋梁や踏切部分は、線路が撤去されて舗装されていたが、橋台・橋脚はしっかりと
残っていたし、先の写真のように、かつての線路のあった部分のバラスト(砕石)も
そのまま、線路柵なども残っているのが確認できた。
岐阜バス「大野・忠節線」はかつての名鉄揖斐線の線路をほぼトレースする経路。
陽射しが眩しい中、カーテンにちょっとだけ隙間をつくってコンデジで廃線跡観察開始。
【2015年8月14日10時33分】 岐阜バス「大野・忠節線」車内(真桑付近)
黒野を出て、ほどなく廃線跡に沿って走る区間に出た。
バス車内からの観察で、最も目立つ遺構とも言えそうなのが、コレ。
北方真桑駅跡だろうか、駅ホームが残っていることがハッキリと確認できる。
【2015年8月14日10時34分】 岐阜バス「大野・忠節線」車内(真桑付近)
窓越しの撮影だから映り込みが激しく、見づらい写真で恐縮だが...
この写真、右隅に白いものが写っている。これは線路端に建てられたキロポスト、
このほか、勾配標識などもそのまま残っていた。
樽見鉄道の踏切付近には「揖斐線通り」の看板も立っており、過ごしやすい時期に
なったら、廃線跡巡りをしてみても面白そう。
岐阜駅に戻ってきたのは11時過ぎ。名古屋のホテルに戻ってゆっくり...でも良いが、
さらに、ここから豊橋ゆきの新快速電車で向かったのは、名古屋を過ぎて岡崎。
【2015年8月14日12時17分】 東海道本線・岡崎駅(後追い)
岐阜 11:23発の新快速電車に乗車。それにしても快速電車の混雑ときたら...、
乗車したサハ313-5008は混雑して、予想通り座ることは無理。
大垣始発の新快速電車だったが、岐阜に到着する時点で車内は通路にもほぼ
びっしりと人が立っているくらいの混雑率。岐阜、尾張一宮と乗車の方が多く、
満員に近い状態で名古屋。幸い、名古屋で座ることができたのだが、それでも
混雑率はあまり変わらず、大府を過ぎて多少落ち着いた感はあったが...
【2015年8月14日12時20分】 東海道本線・岡崎駅付近
さて、岡崎にやってきたのは...
愛知県内とはいえ、岐阜からは遠く離れた町。でも、岡崎駅から南へ20分ほどの
ところにある「岡崎南公園交通広場」に揖斐線電車が保存されているから。
【2015年8月14日12時39分】 愛知県岡崎市・南公園付近
この日とは逆に東海道本線の下り電車で豊橋方面から岡崎駅に到着するとき、
その直前、右手の車窓に観覧車が見える。そこが南公園、観覧車を含む遊園地や
大型プール、大きな池(?)のある広場などがあるかなり大規模な公園である。
【2015年8月14日12時46分】 愛知県岡崎市・南公園交通広場
その一角に「交通広場」。小さな子どもが交通ルールを学べるように、
カートなどの設備がある、多くの町にある交通公園である。
その中に古い電車が置かれている。廃車は1973年(昭和48年)だったので、
<変態鉄>が生まれる5年前。「名鉄唯一の連節車」として珍重されたモ401号車である。
一度、その姿を見てみたいと思っていたのだった。(つづく)
(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。
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岐阜、愛知、静岡・・・信長、秀吉、家康・・・
三英傑(さんえいけつ)の足跡と『鉄道』をからめて、
そんなコースを妄想中!すでに旅雑誌か番組ありそう。
by hanamura (2015-08-29 09:33)
hanamuraさん
コメントありがとうございます。
あまり歴史には明るくない自分でも、今回のプランを考えながら、歴史の舞台であることを思っていました。せめて、浜松城や岡崎城くらい行ければ良かったのですが、<鉄>な目的地ばかりを優先してしまいました。
次に訪れるときには、じっくりと歴史の舞台を歩いてみたいと思います。
by あるまーき (2015-08-29 22:47)