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初めての“ふかん症”~ 撮り鉄の原点 ~ [アナログ写真保管庫]

それは、中学2年生の夏休みの思い出である。

なぜか、自宅に一眼レフカメラがあった。
CANON EOS 750QDという機種。35-70mmというズームレンズが1本。
うちの家族には自分以外に、そんなのに興味をもつ者もおらず、
いつしか、自分専用になっていた。
このとき以来、EOSとの付き合いはデジタルになっても変わらない。
浮気したことなんて一度もないのだ!! (← あくまでカメラの話だが...)

だが、当時、カメラの知識は皆無である。
半押ししてピピッという電子音がしたらシャッターを押せば良い...
なんてことも、最初は知らなかった。

でも、近くの区立図書館でカメラの本を借りて、
少しだけ知識を身につけると、それを使ってみたくなった。
これで、「走っている姿が撮れるのではないか」と思い始めた。

当時、父が単身赴任で岐阜市にいた。
そこでは、ゴロゴロと大きな音を響かせて、道路の真ん中を真っ赤な電車が走っていた。
夏の暑い日、忠節橋南詰の歩道橋からカメラを構えた。

1991_tyuusetubasi_2_b.jpeg

【1991年7月25日】 名鉄岐阜市内線(当時)・西野町-早田

あっ、歳がバレた!!

……  ……

岐阜の町から電車が消える...
そう聞いて、朝一番の新幹線での日帰り岐阜通いが再び始まった。
最後となるかも知れない“丸窓電車”の美濃町線運行、
大混乱の徹明町交差点で撮影した後、タクシーを拾って駆けつけたのもこの歩道橋だった。

2005_02_01_b.jpg

2005_02_03_b.jpg

【2005年3月】 名鉄岐阜市内線(当時)・西野町-早田(2枚とも)

だから、自分にとっての“撮り鉄の原点”は、すでに失われて久しい。
この記事を、お読みの皆さんにとっての“撮り鉄の原点”は、
いまどうなっているのでしょうか?

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やぶお

あるぷすのまきばさんの撮り鉄デビウのよいお話を聞かせていただきました。

まさか岐阜市内線があるぷすのまきばさんの撮り鉄原点だとは思いませんでした。
それにしてもお写真を拝見して、
とても1991年の撮影とは思えませんでした。
車両はもちろん橋もレトロ感がいっぱいで、
ちらっと見には、昭和のお写真かと思ってしまいました。

あのとき、撮影をされていてほんとうによかったですね。
丸窓電車の現役時代を撮影できたとはほんとうにうらやましい限りです。

私の撮り鉄デビウは昭和47年の静岡駅です。
やはりあるぷすのまきばさんと同じ、中学2年生のときですね。
ターゲットは今は亡き、ぞくぞく東上してくる寝台特急でした。

by やぶお (2011-12-03 09:44) 

あるまーき

やぶおさん こんにちは。コメントありがとうございます。

自分の興味の対象は、“鉄”の中では、いろいろと変遷しており、
小学校に上がる頃から、高校あたりまでは路面電車が中心でした。
ですから、父が岐阜に異動になると聞いて、赤い路面電車に乗れる
と、真っ先に思ったものです。
この写真を撮ったのは長良川のほとり。岐阜は県庁所在地といっても
あまり大きな市街地ではありませんで、駅から2~3 kmでも、このあたりは、住宅街ではあっても大きな建物はないようなところでした。

さて、やぶおさんが初めて撮影された当時、夜行列車も多く設定されており、きっと楽しかったんだろうな...と想像します。
自分が遠出するような年齢になったとき、九州ブルトレは衰退期にかかっており、すでに「みずほ」が見られなかった頃かと思います。
寝台特急をはじめとする夜行列車、本当に素敵な被写体です。
とりわけ、やぶおさんの掲示板のトップ画像にもありますが、
20系寝台車、あの車両が自分の永遠の憧れです。

また、掲示板の方にもお邪魔したいと思います。








by あるまーき (2011-12-03 12:10) 

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